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2025.11.20
なぜGrabは“社会インフラ”になれたのか──Grabの成功に見るサービスデザインの本質

世界に18社しかない「デカコーン」の1つであるGrabは、東南アジアで配車サービスから事業をスタートし、その後フードデリバリーや金融サービスへと領域を広げてきました。ベトナムでは、この11年間で「Grabする」という言葉が日常語になるほど生活に浸透しており、今や単なる便利なアプリを超えて社会インフラとして機能する存在となっています。こうして人々の生活に不可欠な“スーパーアプリ”へと成長した背景には、どのような要因があったのでしょうか。
私たちフォーデジットは、ユーザー中心の体験設計を軸にしたサービスデザインにより、国内外のさまざまなプロジェクトを手がけてきました。生活者の視点から現実世界の課題を捉え、解決策を導くという点で、Grabのアプローチと多くの共通点があると考えています。
今回は、Grab Vietnamでマーケティングディレクターを務めるグエン・タン・アン氏をお招きし、代表の田口とともに、同社の強さの核心である「ハイパーローカルなUX戦略」と、それを支える「サービスデザイン」のプロセスについて深掘りしました。ダナンのビーチに設置した「待合せベンチ」の事例などを通して、その神髄に迫ります。

グエン・タン・アン - Nguyen Thanh Anh
マーケティングディレクター

田口 亮 - Ryo Taguchi
代表取締役CEO
生活全般を支援して、「Grabする」が日常語に
田口
Grabはこの11年で、東南アジアにおいて社会に必要不可欠なサービスへと急成長を遂げました。僕自身もユーザーとして、今では無くてはならない存在です。この「社会インフラ」と言える地位を築き上げた背景についてお聞かせいただけますか。
アン
高い評価をいただきありがとうございます。ベトナムでは、Grabは日常生活に不可欠なサービスとして多くの方に利用されています。当初は配車アプリでしたが、今では都市から地方まで幅広く浸透し、「Grabする」という動詞が使われるほどです。
東南アジア、特にベトナムには、ドライバーや飲食店オーナーをはじめとする自営業者・中小企業が数多く存在し、大きな経済圏を形成しています。Grabは、彼らを含むプラットフォームとして、経済的エンパワーメントや事業成長の機会を創出することを使命としています。私たちは将来的な所得向上や金融アクセスの改善など「エコノミクス・エンパワーメント(Economics Empowerment)」を掲げています。
田口
単にサービスを提供するのではなく、より大きな経済圏の成長を支援しているということですね。その思想を実現するための事業要素はどのように構成されているのでしょうか。
アン
主に3つの要素があります。1つ目は、安全で便利なデジタルサービスの提供です。配車サービスは渋滞が深刻な都市での交通問題の改善にも寄与しています。2つ目は、生計支援です。多くのドライバー・加盟店に対し収入機会を創出しています。3つ目が、金融サービスのデジタル化です。これまで金融サービスへのアクセスが難しかった人々に、保険や金融リテラシー向上の機会を提供しています。これらが相乗効果を生み、多くの人々に利益と機会を提供するスーパーアプリ・エコシステムを構築しています。

ユーザーインサイトの発見から実現まで。ダナンの「待合せベンチ」の事例にみる成功
田口
その活動が、マレーシアでのライドシェア事業から始まり、ファイナンス、フードデリバリーへと急速に事業を拡大しているのですね。先日お聞きした、ダナンのビーチにベンチを設置するプロジェクトは、活動を推進する素晴らしいUXデザインの事例だと感じました。どのように実現されたのでしょうか。
アン
私たちの仕事はまず、「Grabのエコシステムの中で、ユーザーにとって何が困難を生んでいるのか」を特定することから始まります。定量・定性の両面で状況を把握し、ユーザーの障害を明らかにします。
ダナンでは、ビーチに人が多く集まる一方で、乗降場所が分かりにくくキャンセルが多いという課題がありました。データを分析すると、アプリ上のピンが曖昧で、ドライバーとユーザーが出会えていなかったのです。そこで「デジタルのピンポイント」という発想から、物理的な解決策を考えました。
田口
デジタルの課題を、ユーザーの体験から物理的な方法で解決する点が素晴らしいと思います。実際の導入にあたってどのように進めたのですか。
アン
はい。まず、ピンポイントの目印となる250席のベンチをテスト導入し、状況が改善されるかデータを検証しました。ベンチにはQRコードを設置し、待ち時間に周辺観光情報を得られるようにもしました。これにより、レストランや観光事業者も巻き込む形で街の観光局との連携が生まれ、地域全体の体験価値向上につながりました。


アイデアを形にする組織文化と、パートナーとの信頼関係
田口
ダナンの事例は、サービスデザインのプロセスを丁寧になぞりながら、見事に実現まで結びつけている印象です。しかし、大企業では、優れたアイデアがあってもIT・ビジネス・マーケティングなど組織の壁で「実現」でつまずくことが少なくありません。Grabではどのように乗り越えているのでしょうか。
アン
どのような組織でも部門間の壁は存在しますが、Grabには「まずテストする」という文化が根付いています。ダナンの事例でも、まず250台のベンチを試験的に設置し、データを徹底的に観察・検証してから本格展開に移りました。
また組織としては、IT、プロダクト、ビジネス、マーケティングなど各分野のメンバーを最初から一つのチームとして編成します。現場への権限移譲を重視し、チームがユーザーインサイトを得た時点で迅速に意思決定できる体制にしています。
田口
Grabの場合、内部の組織体制だけでなく、最終的にはドライバーという重要なタッチポイントを担う方々を巻き込むプロセスも、サービスを実現する上での大きな要素だと思います。彼らとの連携はどのように進めているのですか。
アン
2つのステップがあります。まず、対象セグメントの代表者に体験してもらい、理解してもらうことです。ここではドライバーですね。実際にテストを実施し、フィードバックをもらいます。次のステップでは、全体展開に向けてデジタルコースなどの学習プログラムを用意し、大規模なトレーニングを行います。
田口
その際、インセンティブは用意しているのでしょうか。例えば、新しいことを覚えると報酬がアップするなどはあるのでしょうか。
アン
インセンティブも重要で、顧客満足度の向上による評価やチップ獲得の機会を提供しています。しかし、それ以上に私たちが大切にしているのは、公平性と透明性に基づいた信頼関係です。創業当初からパートナーとのコミュニティづくりを重視しており、家族向けプログラムや女性ドライバー向けイベント、さらには「Wishes Behind the Wheel」という、困難を抱えるドライバーの夢を支援する活動も行っています。
加えて、ドライバー同士が助け合える救急チームの組成や、ドライバー間で取引できるマーケットプレイスの導入も、満足度向上に大きく貢献しています。
こうした取り組みの積み重ねにより、ドライバーや加盟店がGrabを選び続けてくれるのは、私たちへの信頼があってこそだと感じています。
未来への展望と、サービスデザインの本質
田口
今後の展望について教えてください。
アン
Grabの使命は、生活に不可欠な存在として革新し続けることです。そのためには、ローカルのリズムに合わせて変化していくことが大切です。まだ十分にサービスが届いていない人たちや、さらなる改善が必要な領域もあります。ユーザーが何を望んでいるかを把握して、できることをしていきます。
特に今後は、AIへの投資を強化し、全従業員がAIを使いこなせるようにすることが成長の鍵になると考えています。ユーザーが「必要だ」と感じる前に、ニーズを予測してサービスを提供できる状態を目指しています。
田口
テクノロジーの進化も重要ですが、それをいかにローカルの文脈に合わせて実装するかが鍵ですね。私たちも様々な国で事業を行っていますが、文化や生活者を理解し、適切なサービスを丁寧に提供することを大切にしています。そうした観点から、日本企業がサービスデザインを活かすためには、どのような視点が必要だと思われますか。
アン
徹底して地元ユーザーを理解することです。ユーザーを深く理解して初めて、ローカライズやサービスが機能します。私たちもベトナムに進出した当初は、現地を理解することに必死でした。そして、失敗を恐れずに意見を出し合い、良いアイデアはすぐに取り入れる文化が不可欠です。
田口
Grabは自然体でサービスデザインを実現していますが、その本質を理解する人材をどのように採用・育成しているのでしょうか。
タン
すべての社員にサービスデザインの教育を行っているわけではありませんが、スキルだけでなく、文化や環境への適応力を重視しています。その上で、「Heart(思いやり)」「Hunger(達成意欲)」「Honor(名誉)」「Humility(謙虚さ)」という「4H」を基準に評価しています。
田口
Grabが様々な国で、単に使い勝手を良くすることにとどまらず、生活者に合わせて最適化されたサービスを展開していることは、私たちのビジネスにとっても大変参考になります。本日はありがとうございました。
対談を終えて田口より
モバイルアプリは重要な顧客チャネルであり、実際にさまざまな部門のメンバーが関わっています。顧客から選ばれるサービスとなるためには、商品力を含めて生活の中に自然に浸透し、長く愛されることが重要です。私たちのプロジェクトでも、「いかにユーザーのためにデザインできるか」が常に問われています。
日本から見ると「東南アジア」は一括りにされがちですが、実際には各国ごとに文化や働くことへの価値観、宗教などが大きく異なります。そうした多様な環境の中で、マレーシア・シンガポールを起点に東南アジア各国へ事業を展開し、それぞれの市場で存在感を示すことは容易なことではありません。
ダナンの事例から見ても、Grabのサービス構築は高度なデザイン活動であり、市場を見るのではなく、生活している「人」に真剣に向き合い、組織としての意思に基づいて積み上げてきた結果だと感じます。
海外への事業展開は、かつては「既存のモノやサービスを売りに行く活動」と捉えられていましたが、現在ではモノやサービスを通じた「体験を広める活動」と捉えられます。
組織を横断してチームを編成し、課題解決のスピードを高める取り組みや、顧客の文化や市場に近い距離でコミュニティを形成しながら推進していく事例は、あらゆる企業にとっても参考になると感じます。

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