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2025.05.07
ユーザー視点を組織に根づかせる。ゆうちょ銀行アプリ開発における「サービスデザイン」トレーニング
ゆうちょ銀行が提供する「ゆうちょ通帳アプリ」。フォーデジットはこれまで、ユーザー視点を大切にしながら、ゆうちょ銀行のデザインパートナーとしてサービスづくりに取り組んできました。今回は、サービスデザインへの理解をさらに深めるために、実践形式のトレーニングを実施。ゆうちょ銀行とフォーデジットの若手メンバーがチームを組み、実際のサービス設計プロセスを体験しながら、共に学ぶ機会となりました。
この記事では、トレーニングの企画から実施、そこから生まれた気づきや変化までを、プロジェクトメンバーの声とともにお届けします。実践的なプロジェクトを通して、メンバーがどんな気づきや学びを得たのか。さらに、トレーニングを経てチームや関係性にどのような変化があったのか——。その過程から、サービスデザインを現場でどう活かすかのヒントを探ります。
七海英喜 - Hideki NANAUMI
営業部門 デジタルサービス事業部長
高山葉月 - Hazuki TAKAYAMA
デジタル戦略部 共創プラットフォーム企画室
田原真子 - Mako TAHARA
デジタルサービス事業部
末成武大 - Takehiro SUENARI
新田望 - Nozomu NITTA
「ユーザー視点」をチームのDNAに。トレーニングの背景と狙い
末成
ゆうちょ銀行さんとは、「ゆうちょ通帳アプリ」(2020年2月リリース)の開発からご一緒しています。機能追加や改善を重ねる中で、実際の取り組みを通じてデザインの思想を共有し、長くパートナーとして関係を築いてきました。フォーデジットのデザインアプローチを理解していただき、そのDNAを引き継ぎながら、今後もチームとして考えていきたいというお話をしていました。
その流れで、弊社が行っているデザインに関するトレーニングの取り組みを紹介したところ、「通帳アプリ」チームに新しいメンバーが加わるタイミングとも重なり、チーム全体がアプリについて主体的に考えられるようになれたらというご相談をいただきました。そこで、私たちからトレーニングの提案をさせていただきました。
※2025/5/7リリース時点
七海
我々のチームにも若手メンバーが増えてきました。経験豊富な社員も在籍していますが、今後同じメンバーでプロジェクトを継続できる保証はありません。その中で、「ユーザー視点に立ったサービスづくり」を共通の軸として持つことができれば、チームとしての方向性を維持できると考えました。メンバーが入れ替わっても、「ユーザー視点」という軸は、末成さんの言う“DNA”に通じるもので、組織として継承していくべきだと思っています。このトレーニングが実現したことは、本当にありがたかったです。
新田
今回のトレーニングでは、私が現場の進行を担当し、成果物のレビューを末成さんが行いました。フォーデジットの執行役員にもサポートに入ってもらいながら、ゆうちょ銀行さんからは高山さん・田原さんを含む5名、フォーデジットからは2名がトレーニーとして参加しました。
高山さん、田原さんは、どのような経緯で参加が決まったのでしょうか?
高山
私は入社1年目から本社配属で、リサーチ・分析チームと「通帳アプリ」の広告事業を所管するチームを兼務していました。2年目にこの研修案内を受けて、上司からの勧めもあり、「面白そうだな」と思って立候補しました。
田原
私は本部署配属1年目で、その前はゆうちょ銀行の窓口でお客さまと関わる業務に携わっていました。「通帳アプリ」の開発担当になった際「ユーザー視点で考える」という言葉を頻繁に耳にしましたが、一部の属性に偏った視点で考えてしまい、本来の意味での「ユーザー視点」を実践するための素地が自分には整っていないと感じていて。このトレーニングを通じて、その考え方やプロセスをしっかりと学べたことは、とても良い経験になりました。
新田
フォーデジット側の2人も新人で、1人は入社直後、もう1人は新卒2年目でした。ですので、トレーニー全員がほぼ同じステージからスタートできたことで、お互いに刺激を受けながら学び合える理想的なチーム構成でした。デザインプロセスのアプローチをこれから身につけていくタイミングで、実践を通じて一緒に成長していける、非常に有意義な機会でした。
数字から“人”へ。ユーザー調査がもたらした気づき
末成
今回は、「ゆうちょ通帳アプリ」を題材に、サービスデザインのプロセスを実践形式で学ぶトレーニングでした。アイデア出し、ペルソナ設計、ユーザー調査などを通じて、「通帳アプリの未来を考える」というゴールに向けて取り組みましたが、印象に残った場面はありますか?
高山
やはり、ユーザーインタビューです。入社以来ずっと本社勤務で、実際のお客さまと直接接したのは初めてでした。数字の裏側に“人”がいることを強く実感し、言葉に詰まるほど衝撃を受けました。これまで分析していた数値が、リアルな体験として結びついた瞬間でした。
末成
数字だけを見ていると、ユーザー像が抽象化されがちですよね。
高山
本当にその通りです。特に私のように集計データ中心で業務をしていると、大多数の動きや属性に注目しがちです。でも実際に対面してみると、一人ひとりの背景や感情が見えてきます。そのギャップに気づけたことは、大きな学びでした。
田原
私が特に印象に残っているのは、アンケート設計・分析です。異なる年代や性別のペルソナに対し、聞きたいことが多くある中で、質問を絞る必要がありました。その取捨選択が難しくもあり、学びが大きかったです。結果を分析する中で、まったく異なるペルソナ像でも、求めているサービスには共通点が多く、改めて「通帳アプリがどうあるべきか」という本質的な部分が見え具体的なアウトプットにつなげることができました。
末成
設計側としては、つい「あれもこれも」となりがちですが、ユーザーの集中力も考慮する必要がありますよね。ただ、聞きたいという気持ちはとても大事です。自分ごととして捉えていないと、そもそも「何を聞きたいか」という問いも生まれてこないと思います。
七海
データだけだとマクロな傾向しか見えません。だからこそ、こうしたプロセスを通じて“粒感”のある情報を得ることが大事だと感じます。質問設計の段階で、しっかり考え抜いたからこそ、本質に近づけたのだと思います。
新田
「ユーザーを知ることが大事だ」とトレーニングの最初に伝えましたが、それを実践を通じて実感してもらえたことが本当に嬉しいです。実は、私自身、アイデア出しよりもインタビューの方が好きなんです。相手の話を聞きながら、その人の状況を理解するプロセスに面白さを感じています。それを実感してもらえたのなら、嬉しいですね。
末成
お二人の気づきは、ある意味で予想外でした。多くの人はアイデア出しのフェーズが一番楽しいと感じがちですが、今回しっかり「顧客を知る」ことの価値を体得してくれたことは大きな成果です。トレーニングを通じて得られたものもあったと思いますが、本来の姿勢や日常業務との接続があったからこそ、深い理解に至ったのだと感じました。再現性という意味では簡単ではないですが、非常に良いサイクルが回った印象です。
多様な暮らしに寄り添う、万人向けサービスのジレンマと打開策
末成
ユーザー調査の中で、特に心に残った具体的なエピソードはありますか?
高山
私が担当したペルソナは地方都市に住む主婦でしたが、実際にインタビューした方には「最寄駅までとても遠い」「車がないと生活できない」といった方もいて。私はそういう地域に住んだことがなかったので、生活スタイルやお金の使い方の違いに驚かされました。例えば、年収が同じでも、都市部では賃貸に住んでいるのに、地方では家を持っている人もいて、価値観が全く違うんです。住む場所によってここまで生活の基準が違うんだ、と実感しました。
末成
確かに、生まれ育った土地や生活圏で、ライフスタイルや価値観は大きく異なります。でも、実際にユーザーってそういう多様な人たちの集まりです。日本の半分以上は地方だから、全国を均一に見るのではなく、地域ごとの違いにちゃんと目を向けることが大切です。
田原
家族構成や働き方にも違いがあって、そうした背景はペルソナを考えるうえで無視できないと感じました。ただ、逆に言うと、ターゲットをしっかり絞ることで、効果が出やすいという側面もあると思います。ゆうちょ銀行や郵便局は全国にあるので、「どこにフォーカスするか」を決めるのが難しい。絞りすぎてしまうのも避けたほうがいい気がします。「誰にでも使ってもらえるサービス」を目指すのって、実際はものすごく難しいことだと改めて感じました。
末成
その通りですね。受け入れやすさを狙うのか、それとも新しい提案をしていくのか、どちらにも価値があると思っています。目の前のニーズに応えるだけでは、どうしても単純なものしか作れなくなってしまう。大事なのは、ユーザー調査を通じて見えてきた本質的なインサイトを深く理解し、そこに単に迎合するのではなく、より良いものを実現するための提案をしていくこと。その両方のバランスを取りながらサービスを生み出していくことが重要だと思います。
七海
ゆうちょ銀行には、1億2,000万もの口座があります。つまり、日本のほとんどの方々に使っていただいているわけです。その中で、どんなサービスを提供するのがベストなのかって、すごく難しい。特定のペルソナに寄りすぎると危険ですし、逆に万人受けだけを狙うと中身がなくなってしまいます。ちょうどいいバランス感覚が必要だと感じています。
末成
おっしゃる通りです。ゆうちょ銀行には期待される役割やブランドとして求められる安心感があります。例えば、何か障害が起きても「まあ、そんなこともあるよね」と受け入れられるサービスもあるかもしれません。でも、ゆうちょ銀行の場合は「それは困る」となる。期待されるクオリティがあり、それを守ることが信頼の源泉にもなっています。そういう意味でも、広く安定して受け入れられるサービスである必要があるんですよね。
七海
まさにその通りです。会社としても障害には非常に敏感ですし、そうした期待が良い面もあれば、プレッシャーになる面もあります。
末成
ただ、例えば通帳アプリの「招き猫」は、最初のペルソナとして30代女性を意識して設計されました。でも、実際にはおじさま方にも癒しとして受け入れられています。猫って、一見すると「若い女性向け」に見えるかもしれませんが、可愛くてちょっと話しかけてくれることが、実は老若男女問わずほっこりする要素になっているんです。それってすごく良い事例だと思います。
仮に「全員を対象にするから猫はやめよう」となっていたら、あの温かみのある要素は生まれなかったはずです。むしろ、特定のペルソナを中心に据えて、そのターゲットに向けて高いクオリティで作り込んだことで、結果的に幅広い層に受け入れられたのだと思います。だから、切り捨てるのではなく、コアとなる相手を明確にした上で、その周囲にも波紋のように広がっていくサービス設計やユーザーコミュニケーションを目指すべきだと思います。
七海
まさにそのためにも、今回のようなインタビューがすごく大事なんだと改めて感じました。
「自分ごと化」が引き出した、一人ひとりの変化とチームの発展
末成
トレーニングを通じて、「自分自身が変わった」と感じたことはありますか?
高山
意見を出すようになったことですね。このトレーニングを受けて、発言が明らかに増えました。それまでは「これ言っていいのかな?」と迷って言えなかったんですけど、この研修を経て「間違っていても誰かがちゃんとフォローしてくれる」と思えるようになって。「まずは言ってみよう!」って切り替えられたんです。
七海
それって、今の業務でも活かせていますか?
高山
はい。次年度の方針について話す時にも、自分の意見をしっかり言えるようになりました。研修の途中から、意見を自然に出せるようになって。「次はこう言ってみよう」とか、「こんな切り口もあるかも」とか、考え方が広がっていった感じです。
新田
確かに、後半になると会話がどんどん増えて、ユーザーインタビューでも質問がだんだん深くなっていました。表面的な質問に留まらず、もっと本質的な部分を引き出すようになっていて、成長を感じました。
田原
私は「ユーザー目線」で考える力が育ったなと思います。新機能の開発に関わっていて、画面や導線を考えるときも、「ユーザーに操作しにくくなっていないか」「本当に使いたい機能への導線づくりができているか?」と意識して考えるようになりました。資料作りでも「ここはもっと強調しよう」など、受け手の視点で考える習慣ができたと感じています。
新田
それって素晴らしい変化ですよね。日々の業務の中でも視点が変わって、しっかりと意見が言えるようになったり、ユーザー視点で判断できるようになったりしていますよね。
七海
職場で、私の前にメンバーの上司が二人座っているんですけど、彼らに相談するメンバーのやり取りが、研修後から変わったなと思っています。少しハイレベルな議論になって、「ちゃんと期待に応えられる前提」で会話が進んでいる気がします。
末成
その前提があるかどうかで、コミュニケーションの質は大きく変わりますよね。そうした話を聞くと、トレーニングの成果がしっかり出ているなと実感します。
改めて、トレーニングを終えてどう感じていますか?
高山
正直、もっと最後までやりたい!という気持ちが強いです。「やり切った」感はありますが、これからもっとできることが広がっていると実感しました。自分たちが出したアイデアが実装された時に、構想とどう違ってくるのか、そういったことを分析して追いかけたいです。今後、そういった関わり方がもっとできたらいいなと思っています。
田原
私も同じです。ユーザー調査を通して「自分が追加したい機能」と「ユーザーが求めている機能」が全然違うことに気づけたのが大きかったです。今後もインタビューなどを通して、ユーザーの声を直接聞きたいと思っています。
七海
研修自体は本当に十分やっていただいたと思います。ペルソナ設計や、それを深掘りするプロセスはかなり進んだと思いますし、受容性調査の結果を見てもユーザーに受け入れてもらえそうな案が多かったです。今後の課題はありますが、着実に進んだなと思います。
末成
ビジネス的に見ても、今回のトレーニングはまだファーストステップに過ぎません。皆さんも「これから」が重要だと思っているように、本当の勝負はユーザーに届けてからです。その意味では、今回の取り組みは非常に意義があったと思います。こうしたトレーニングやワークショップは、いわばアンバサダーを増やす取り組みでもあると思っていて。関わった皆さんが「通帳アプリ」を「自分ごと」として捉えられるようになったことは、大きな一歩です。
それに、ビジネスを通して結果をその先につなげていくという「これから」の部分も、デザインにおいてはすごく重要です。このような取り組みを経て、一緒に考えた経験があるからこそ、その次のステップに自然と進める。そこには、私たちフォーデジットから提案するのでもなく、ゆうちょ銀行さん側から依頼されるのでもない、「ひとつのチームとして自分ごと化できている」という状態があるんです。
七海
まさにそうですね。システム開発の現場は、どうしても委託元と委託先の関係、いわば、「やれと言われたからやる」になりがちですが、今回のように共通の認識を持ち、一緒に進めていければ、仮に変なことを提案しても止めてもらえるような信頼関係が築ける。その信頼が、今後ますます重要だと感じています。
揺るがぬチーム力で、同じゴールを見据えていく
末成
今後についてはどう考えていますか?トレーニングの結果だけでなく、「ゆうちょ通帳アプリ」がどう成長していくかについても。
七海
「ゆうちょ通帳アプリ」では、2028年度末に「登録口座数2,500万」という目標を掲げています。2024年3月時点で1,000万口座突破したものの、今後どこかで鈍化することが想定されるので、次のステップには角度をつけた取り組みが必要だと思います。
末成
その課題に対して、トレーニングで出たアイデアや他の取り組みを活かすことがカギですね。しっかりと跳ねれば、次のステップに進めると思います。
田原
登録口座数も大事ですが、結局はユーザーが実際に使ってくれないと意味がないと思っています。アクティブ率を維持し、ユーザーが継続して使いたくなる環境を作ることが重要だと思います。
七海
今、テレビCMに用いるほど、会社としても「通帳アプリ」に大きな期待をかけていますが、アプリに機能を詰め込みすぎると、それが逆効果になりかねません。ユーザーに必要な機能を見極めて提供することが重要だと思います。
新田
今回のトレーニングを通じて、ゆうちょ銀行の皆さんとの距離がぐっと縮まったと感じています。特に新しいメンバーが加わったことで、通常なら時間をかけて築く関係性も、トレーニングを通じて早い段階でフラットでカジュアルな関係になれたのは大きかったです。こうして同じ目線で一緒に考えられる関係を築けたことは、今後の「通帳アプリ」の発展にもつながっていくと感じています。
末成
フォーデジットでは「お客様と対峙するのではなく、一緒のゴールを見ていこう」という姿勢を大切にしていますが、今回はまさにその関係性を築けたと感じています。さらに、ユーザー中心の視点を共有しながら進められたことで、この2つがしっかりとチームのベースラインとして根付いたことは、本当に大きな前進だったと思います。今後の展開がとても楽しみです。
七海
私も同感です。今回の取り組みを通じて、フォーデジットさんを含めたプロジェクト全体で「チームとしての力」が確実に高まったと感じています。この強いチーム力が、今後「通帳アプリ」をより良いプロダクトへと進化させていくために欠かせない要素だと思いますし、今回導き出した「これからの通帳アプリ」の姿を、これからもチーム一丸となって、着実に実現していきたいと思っています。
取材・文:小山美咲
撮影:二上大志郎